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「事実無根の捏造記事」で文藝春秋に名誉毀損訴訟で勝った私からの警告《後編》【浅野健一】

『ありがとう、松ちゃん』より #後編

■個人の人格権と表現の自由を調整する仕組みとは

 私が文春裁判で知ったのは、自分の将来のために、男性に頼まれて「セクハラをされた」と平気で嘘をつく女性がいたことだ。三井愛子氏は裁判の証言で、私の弁護団から「どういうセクハラを受けたのか」と聞かれ、「何もされていない」と断言した。裁判官も「あなたは浅野教授から何もされていないのか」と確認の尋問を受けたが、「何もない。渡辺教授に言われて、被害の申し立てをした」と明言した。

 三井氏は大学委員会への申し立てでは、私に身体を触られたとか、「君はスナックのママに向いている」「海外での異性との経験を聞かれた」などと訴えていた。

 上司の異性に媚びるために〝被害者〞を装う人もいるのだ。男性のためにウソをつく女性もいるし、女性のためにウソをつく男性もいる。

 群馬県草津町では、女性町議が男性町長に不同意性交を強要されたと訴えたが、後に、すべて虚言だと分かった。

 米欧では教員による学生に対するセクハラは学内で対応しないことになったという。敵対する教職員を追い落とすために、ハラスメント被害を捏造するケースが後を絶たないからだ。セクハラ事案は、刑事事件ではないから、捜査権のない委員会の調査には限界がある。大学はすべて警察・検察、民事訴訟に委ねる原則にした。

 大学、企業などでのセクハラ事案には、刑事裁判のような法手続きがない。嘘をついた人間にペナルティがない。三井氏は、大学から何のお咎めもなく、同志社大学社会学部メディア学科の渡辺グループの論功行賞人事によって、ずっと非常勤講師をしている。

 三井氏は渡辺教授に取り入るためにウソをついた。今では、「あのオッサン」と渡辺氏を呼んでいるのを聞いたことがある。

 今年4月4日、裁判官弾劾裁判所は岡口基一仙台高裁判事を罷免すると判決を言い渡した。岡口氏のSNS投稿やメディア取材での発言が殺人事件遺族らを傷つけたという理由での罷免で、岡口氏の法曹資格が剥奪された。判決の翌日、司法試験受験の伊藤塾の専門講師になった岡口氏は私の取材に、「論理が破綻した判決で不当だが、何かを表現すると傷つく人が必ず出るので、個人の名誉・プライバシーなどの人格権と、表現(報道)の自由をどう調整するかの基準作りの契機にしてほしいと思った。SNSにおけるガイドラインが必要だが、メディアにはそうした議論が全く起きていない」と指摘した。

 企業メディアだけでなく、普通の市民がSNSなどで発信して、他人を傷つける時代になった。すべての市民が表現者になったわけで、他人の人権を守って表現することが求められる。もし、表現者の表現で被害者が出た場合に、個人の人格権と表現の自由について、審判する社会的仕組みが必要だ。表現の問題で、権力が介入するのをさけるためにも、社会的な統制、自律的な統制が欠かせない。

 世界50数か国で、報道界が取材と報道についての行動指針を自主的に策定し、そのガイドラインを順守しているかどうかの審判を下すメディア責任制度がある。同制度は国によって異なるが、(1)マスメディア界(特に活字媒体)全体で統一した報道倫理綱領を制定し、(2)ジャーナリストや編集者が取材・報道を行う際、その綱領を守っているかどうかを審査する報道評議会(スウェーデンでは報道評議会を補佐するプレスオンブズマンを設置)を設立している–という点では共通している。

 報道評議会のメンバーの構成は国によって様々だが、法律家などが市民代表として参加しているところもあれば、メディア関係者だけで運営している国もある。

 メディア責任制度は、報道の自由を守り、ジャーナリズムへの市民の信頼を維持、向上させるために、「報道加害」について取り組む。公的情報の自由な流れを促進し、法律や社会権力による取材報道の自由への侵害を阻止する。メディア責任制度を運営する主体はメディア業界自身で、「第三者機関」ではない。

 日本にもテレビ、ラジオの放送界には、1996年に設立された「放送倫理・番組向上機構」(BPO)がある。しかし、新聞、雑誌などの活字媒体にはない。1999年末から日本の新聞・通信社が設置した新・苦情対応機関はメディア責任制度とは言えない。メーカーが70年代から設置した消費者相談窓口に過ぎない。

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浅野 健一

あさの けんいち

ジャーナリスト

1948年香川県高松市生まれ。慶大経卒、1972年に共同通信社入社。
1984年に『犯罪報道の犯罪』を出版。1994年から2014年まで、同志社大学大学院メディア学専攻教授。『客観報道』『安倍政権・言論弾圧の犯罪』など著書多数。2020年、下咽頭がんで声帯を失うが、AI音声などを使って講演を再開。「紙の爆弾」「進歩と改革」に寄稿、朝鮮新報、救援、たん
ぽぽ舎メルマガで連載中。

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